損得は絶対的視点で見る

 難しいタイトルになっちゃいましたけど・・・


軽く解説すると、
損得を、他人との比較 いわゆる 相対的な見方 をすると、
真理が見えてこない。。。

という事の裏返しです。


σ( ̄∇ ̄)が示した理論ではなく、
過去、多くの理論家が示しています。

もちろん、σ( ̄∇ ̄)も同意です。


例えば 株の公開があったとしましょう。

Aさんは、株を買って転売して300億儲けました。

Bさんは、株を買いましたけれど、上手く売れなくて200億の利益でした。

Cさんは、株を買って、友人に貸したので、売る時期を逸して、100億の利益でした。

Dさんは、株の抽選に外れました。

Eさんは、公開に参加できませんでした。


さてて、
誰が得をして、誰が損をしたのか・・・


Aさんは、得をしています。

一番儲けたから・・・。
というのは相対的な視点
そうではなくて、元々あった財産が300億増えた。
というのが、絶対的視点

コノ場合、理論家の言う 得
は、後者です。

仮に、前者の視点で見ると、
その公開中に、300億以上儲けた人が居ると、
300億を儲けたにも関わらず、得をしなかった。
という事になってしまいますからねぇ


Bさんも、得をしています。

理由はAさんと同様、財産が200億増えていますから・・・

ただし、Aさんよりは得をしていませんし、
株を得る為の労力やリスクが、
200億では満たされない場合には、
財産的には得をしても、総合的に損をしたかもしれません。

ここでは、自己の中での 労力と財産の比較 という、
他人が介入し難い物差しが作用しますので、
なかなか決めがたいモノがあります。


Cさんは・・・微妙です。

財産的には、100億の得をしていても、
労力、リスクの点で、100億以上の支出があれば、
損をした
という結論になっても、おかしくありません。

しかし、友人に対しての活動が、
その繋がりをより深くしたのであれば、
財産では量れないモノ を得た可能性もあり、
観点によっては、一番得をしているのかもしれません。


Dさんは、損をしているでしょう。

財産的には、損失は無くても、
時間、労力、リスクの点では、明らかに 損失が発生しています。

加えて、
得をする機会を逃してしまっています。


Eさんは、損得無しです。

しかし、Dさん同様、
得をし損なっています。


まぁ 当たり前な事を並べてみましたけれど、
問題は、
人によっては、相対的な視点で損得を見る人が居る
という事です。

ゲームである以上、
相対的に比較をする。
という行為は、あってしかり
間違っていません。

しかし、
損 得 というモノを量る場合は、
そうであっては、間違う可能性がある
という事です。


でぁ、
相対的に、5人を比べてみましょう。


Aさんは、一番の勝ち
当然、他人からは 得をした人 と見えるでしょう。

Bさんは、二番目
Aさんから見れば、
もうちょっと儲けられたのに、
( ̄m ̄〃)ぷぷっ! 損したね
と写りますし、
他の方からは、それでも儲けたじゃん・・・得したね
と写ります。

Cさんは、3番目
上記二人からは、損したね と見えますし、
D・Eさんから見れば、それでも利益あるから得じゃん・・・と言えます。

しかし、Aさんが、友達関係を重視するタイプの人だった場合、
自分は、こういう機会で友達との交流をしなかっただけ 損 をして、
Cさんは、その点で 得 をした。
と、見えるかもしれません。

Dさんは、誰から見ても 損をしているように見えます。

Eさんも、結局は機会を逃して儲けられない分、損 と写るでしょう。


コノ場合、
相対的=多重の視点
となってしまって、
思う所の元、いわゆる、見え方 も、視点によって変わってしまいます。

さてて、
真理 とはなんぞや・・・

大辞林 第二版 によると

正しい道理。
だれも否定することのできない、普遍的で妥当性のある法則や事実。

だそうで・・・
視点が変化するモノには、視点ごとの真理は存在しても、
統一的・総合的な真理 が存在しない場合が多い と言えます。


損得

それは、絶対的な視点で量るモノ


・・・
しかし

損 という言葉には、

利益を失うこと。益のないこと。
という意味の他に

不利であること。また、そのさま。
という意味もあります。

不利 とは、一般的に 相対的な言葉


ソコには、
損得に対する矛盾が含まれているのですねぇ

コメントの投稿

Secre

(。-`ω´-)ンー

相対的な損得…それは”自分が儲けた額”が基準点にあって、それより多く儲けた人は”(自分より)得しているように”見え、儲けが少ない人は”(自分より)損しているように”見えるって感じでしょうか。
そうなると絶対的な損得では、なにが基準点になるんでしょうね(;・∀・)
単純に昔300円しか持ってなかったのが3000円に増えた時に”(昔の自分より)得している”って感じでしょうか。

( ̄~ ̄;) ウーン

絶対的な損得の場合、得る為の労力との比較も加わるのかなぁ・・・2700円増えても、4000円分の労力が掛かれば1300円の損、2000円の労力なら700の得。。。

鶏が先かタマゴが先か

真理を紐解くには、学問的観点で無ければ難しいでしょう。
価値として判断する機会の多い個の利という概念においては、
「様々な要素から選択された1つのパターン(答え)」でしか無いわけで、
コレが絶対というものは存在し得ないと思いまする。

損得(利益損益)が、そもそも他(人とは限らない)と比較することで生まれる価値である。
価値とは、他と比べる為の物差し。
絶対とは、前提条件を必要としない物(揺るがない物)
相対とは、前提条件を必要とする物(条件を必要とするが故に 変動する物)

一般的に言われる価値は、相対的価値に該当し、絶対的価値では無い。と、なりそうです(・ω・A;;

我々が一般的に使う状態において、価値は大きいか小さいかですよね。
「揺ぎ無い価値」となると、「存在の有無」くらいしかおいらは浮かびません・・・。
価値の大小ではなく、そこにあることが素晴らしい=絶対的価値 かな。と。
そこに、その存在が良い物か悪い物かでの判断で「存在価値(意義)」が生まれる。

と、ここまで書いて・・・
「絶対悪」は存在しそうだけど、「絶対善」は存在するのか?という疑問が生まれ、
「絶対悪」もまた、存在する事自体が全て周りに悪影響を及ぼすとされるから悪だが、
相対的価値観に於ける善悪の位置づけであるが故に、絶対ではない?頭が混乱してきますた・・・w

まー・・・答え(心の平穏)が欲しいなら・・・「自分が満足か不満足か」で、いんじゃね?と。
金銭的損得に限らず、満足なら、得をしている。不満足なら、損をしている。

記事で書かれた「絶対的な視点」としては・・・、「他人と比べる事で測るな」って事でしょうかねw
故に、「自己満足度で良いでは無いか」と、結論付けました。

一言で、価値って言うても、倫理的価値・経済的価値・社会的価値 と 色々ありますからねぃ・・・。
※経済的価値には「交換価値」と「使用価値」なんて言うのもあるんだってさっ!

「鶏が先かタマゴが先か」最近考えるネタは全部この類な砕です・・・。
プチと違って、コメント長く全体見ながら書けるのは良いけど・・・長すぎてすんません OTL

砕牙さん

「他人と比べる事で測るな」 まさにココが要点です。

誰かが得をして

その方法が、
自分では出来なかった方法だったり、知らなかったり、
自分の主義には合わなかったり・・・

そういう事は有り得ますけれど、

だからと言って、その誰かの非難をする。
まぁ それは、別問題としても、

それによって、いかにも自分が被害者的な立場
であると言わんばかりに主張している事を見受けましたのでねぇ。。。


ぁ 鶏の問題は解決しています。。。


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